一緒に暮らそう  sample1(本文冒頭)



「はあぁっー!?」
男の驚嘆響く、一等地のマンション十二階での廊下。ワンフロアーに十戸はあり、更に階数は二十五まである大型マンション。街の何処からでも捕えられるそのマンションの姿に、近隣住民の誰しもがそこには富豪者が住んでいると認知されてしまっている。
その玄関の前に居つる者の姿は三名。
異様とも言える、鶏冠のような金髪の髪を持つ四十歳前後の年に見える男が、その声を聞き嫌悪に片耳を押えて眉をしかめている。
その眼前には一回り以上も離れていると見れる、黒髪の青年。そしてその二人の傍で手元の資料とにらめっこをしているのが赤髪で右目に三本の引っ掻かれたような跡を持つこれまた男。
金髪の男と黒髪の青年がラフな格好なのに対し、赤髪の男はスーツ姿にビジネスバッグから取り出した携帯電話で頻りにどこかへ電話を掛けては、唸りを上げている。
「どういう事なんだよい」
痺れを切らす金髪の男が再度の説明を要求し、廊下の壁へ寄り掛かり腕を組む。
「なので先程も軽く説明した通り、どうやらシェア契約でお二人の賃貸契約がされてしまっております。お二人が一緒に住まれるという条件でそれぞれこちらの金額をご提示しておりましたが、今回は初対面のお二人という事を踏まえ、特別に解約料無しでキャンセルも承ります」
なんて勝手な言い分だと、先に溜め息を吐いたのはまたしても金髪の男の方だ。
「その代わり、どちらかが入居して頂ける条件です。シェア契約は解除されますので家賃は提示しているものから約倍の価格、お支払い頂く事となります」
黒髪の男が何か口を開こうとした矢先、口を開いた赤髪の不動産屋から告げられた事は理不尽なそんな内容だ。
「…っんなの、無理に決まってんだろっ」
その言葉は、続いた不動産屋の発言を聞く前から決まっていたものだとはこの後すぐに知る事となる。
「ならあなたが解除されますか?それでもしお家を探される場合は是非弊社を…」
「誰が利用するかっ!ここはジジィが見つけてきた物件なんだよっ。そう簡単に解除も家賃アップも、はいそうですかって頷けるかっ!」
誰であってもそうだろう、親と見つけた物件を入居日に解除なんて事態は躊躇せざるをえない。
ましてや決して親子関係が良いとは言えない事情まである。事は穏やかに住ませ、連絡は極力「引っ越し終わった」の一言で済ませたいのである。
「ならばご一緒に住んだらいかがですか。初対面のようですし個室に鍵を掛けてしまえば一人暮らしとそう変わりませんよ」
「そうはいかねぇだろい」
「それでいい!」
視線を移された金髪の男に、瞳だけを動かして睨むような目付きで訴える。
言わんとする事は分かるだろう。とにかく解除も家賃アップも困るのだ、青年にとって。
「分かったよい…、おれもあいにく新しい家を探す暇は無いもんでねい」
「ではお話は和解という事で、この度はご契約、ご入居頂き誠にありがとうございました」
 せっかく快適な一人暮らしを始められると思った矢先のこれだ。
にこやかにそう言った赤髪の男の顔面に強く握り締めた拳を食らわせ、初対面同士男二人の奇妙な同居生活の幕を開いた。

 そもそもこんな高立地で低家賃。おかしいと思ったんだ。時期外れの引っ越しでいい物件が見つかったと見せられた間取り図。風呂、トイレは別。キッチンには二口のコンロを備えており、リビングを真ん中に部屋を繋げている。どうして若い男が一人でこの家賃を払える程、安くなるというのか。
マンションの下で待機させていた引っ越しのトラックから、次々と荷物が家へ運び込まれ、早々の段階でリビングから繋がる右の部屋が青年、左の部屋が金髪の男の部屋と割り振った。
とは言っても、物の少ない青年の方は、早々に引っ越しを済ませて退屈だと何もない板張りのリビングから自分の部屋の向かいのドアの先を覗き込み、声を掛けた。
「あんた、名前なに」
「あん?」
「仮にも一緒に住むんだ、呼び名くらい知っとかねぇと不便だ」
まだ運び入れも終わっていない男の方は、眉根を寄せて不機嫌そうに振り返った。
空いた手を貸せとは男の方も思ってはいないだろう。
しかし、状況も考えず話しかける青年に、渋々と持っていた荷物を手放して口を開いた。
「マルコだよい、好きなように呼べ」
「おう分かった!マルコ、宜しくな。おれエース」
「ああ」
此処に着いた時にはまだ昼間だったというのに、もうそこから見える景色は濃い群青色へ変えていた。これからこの男と一緒に住むんだ。互いに抱いた思いは、交わした握手のよそよそしさに表れていたのだろう。


マルコと名乗った男は、規則正しく、朝に家を出て行き、遅くても夜は九時頃には帰って来る。
その頃にエースの姿はない。
今年二十歳になるエースという男は現在フリーターであり、主に時給があがる深夜帯に働いている事が多い為、マルコと全く会わない日も多いのだ。
引越しを完了させてから買おうと思っていた電化製品は、結局一軒に冷蔵庫もレンジもテレビも二台は不要だろうとマルコが持ってきたものを使用している。が、実際のところあまり実働していないのも事実である。普通、同居生活ではありがちな料理当番、掃除当番なども決められてない現状からだ。
しかし、相知ろうとも思わない。仲良くなろうと努力する必要性もないだろう。
会わなければわざわざ会おうとする必要も無いし、特別話す事もない。同居生活だからと言って、これだけ生活リズムが違えば訳も異なってくるし、必要になった時だけ必要最低限の会話だけで済む話だ。
出て行かれたら困るが、居てくれなくてもいい。
エースがそう思っていたのは、この時ばかりだった。

「ただいまー…」
丑三つ時も過ぎた頃、帰宅に着いたエースは帰って来ないのも承知で玄関からその挨拶を飛ばす。
この時間帯は、確実にマルコは自室で眠りに就いている頃だ。
不幸中の幸いか、あの不動産屋が言っていた通り、個室がある以上プライベートも確保できている。むろん、互いの部屋には鍵を付けており、無断で入る事は許されない。
そのせいだろう。一緒に住んでいるはずの男の顔は暫く見ていない。
『合鍵が出来たので、置いておきます』
唯一、生存が確認出来るのは必要事項伝達のこういったやり取りだ。
自分が家を出る前、不動産屋に届けられたそれをリビングのテーブルへメモ紙と一緒に置いていた。それが、今は無くなっている。これまでは鍵置き場を決め、二人で一つの鍵を共用していたが、これが届いたとなればもう一々郵便ポストの上へ腕を伸ばす必要も無い。
キッチンへ向かって冷蔵庫から名前を書いたペットボトルの水を取り出し一気に喉へ流し込んだ。ビールでも飲んでいるかのような声を漏らし、ふと冷蔵庫に沿うようにして置かれているゴミ箱に目を向ければ、そこで目に留まったのはコンビニ飯が食われた形跡。
キッチンにはコンロの備え付けもある。が、今までエースがそこで料理をした事が無ければマルコも同様だ。
そんな調理器具へ何気なしに目を移してからもう一口煽り、電気を落として静かに自室へ足を向けて行った。


◆ ◆ ◆


「えっ、じゃあ会ってないのか?そのマルコって奴と」
特に会う必要も無いと言いつつ、愚痴のように零してしまったその状況に自分が働いているカフェで同じく働く友人が、驚いた声を上げた。
「ああ、まぁな」
「そんなんで大丈夫かよ」
「んー、まぁ」
同居生活をやむを得なく始めてしまった事を明かしたのは、このハルタともう一人の友人だけ。名まで教えてしまったのはハルタだけだが、ジジイにさえ連絡が無ければこちらから連絡する気はない程、これは広めたくない事柄だ。
口は災いの元なんて慣用句は自分の為にあるんじゃないかと思える程、口が軽い自覚はある。自ら口を開いて余計な事を話さない自信も無いのだ。
不意に向けた窓の外に見える高層ビルが溜め息を呼んだ。
あそこで働けたら苦労もしないんだろうな、などとは何度思った事か。フリーターのおれにとっては敵のようであり、憧れなのだ。決して今の仕事に不満がある訳ではないが、店を出てスーツの男を見る度負い目を感じる自分が居る事も嘘ではない。
正社員を目指す就職活動なんて、そもそも自分にそぐわなかった。そんな言い訳は惨めだろうか。
営業時間前のロッカールームで壁に背を付け、足元へ視線を落とす。
マルコは、なにしてる奴なんだろうな。
つい考えてしまった同居人の見えない素性に、我に返って頭を振ると次の瞬間に店長から呼び声が掛かり、急いでギャルソンエプロンを付けてハルタと共にフロアーへ出た。


(本文冒頭)