想いの欠片  sample1(本文冒頭)



どこまでも続く空を映した青の海を渡り、まだ見えぬ未来まで帆を進める海賊船。
その船の海賊旗に掲げたマークは、今世最も海賊王の地位に近いと言われている横に大きく延び広がったヒゲが特徴の、エドワード・ニューゲートのものである。その形容から世間ではその男を白ひげと呼び、十六隊もの編成で約千六百もの船員を乗せる船の名を、モビーディック号と言った。
船長もさる事ながら、その隊長は皆多額の賞金を首に掛けられ、敵船からの襲撃も日常茶飯事のものである。
それでも事あるごとに呑気に宴を繰り広げられるのは、仲間への信頼感、自分らの強さの自信。

よっぽどの事が無い限り、この船が沈む事はないと思っているのはこの船員のうち、一人や二人の者ではない。それはやはり、いざとなるときに頼れる隊長への期待値も大きいからと言える。

二番隊隊長、ポートガス・D・エースという男について言うとするなれば、元は他海賊と同様、エドワード・ニューゲートの首を狙っていたメラメラの実の能力者であったが、白ひげ本人にその瞳の強さを見初められ、一番最後に迎え入れられた、白ひげにとっての息子。
スペード海賊団船長として連れていた仲間ごと集約された白ひげ海賊団でエースは、この船の上で恋に落ちた。
これだけ八百長の島と果てのない海にも亓万の女が居るにも関わらず、その相手というのが白ひげの右腕、一番隊隊長不死鳥マルコなのだというのだから、世の不思議は絶えないものである。
最も、恋など久しく忘れていた四十前後の男と、初恋だという十九歳の男とで、それを恋愛と呼べる程上等なものではないかもしれないが、その初々しさがいいのだと評判高い声もある。

「お前ら…、またかよ」
想いが通じ合って半年になるマルコとエースは、そう漏らすサッチの声の通り、最近些細な喧嘩をする回数が増えてきた。
まだ、白ひげ海賊団に入ると決断する前まではそれこそエースはマルコという男の存在自体を苦手としており、とても仲が良いと称賛出来るようなものでもなかった。
しかしいつからだろうか、毛並みを荒立てた人嫌いの黒猫がある日を境にマルコに懐いた。後に聞いた話、飯をくれたからだと本人は言うが、それだけではないだろうと確信付けるのが自然と惹かれ合っていった二人の感情の変化だ。
付き合い始めてから目も覆いたくなるような口喧嘩から仲直りまでの工程を、一晩のうちに見せ付けられていた事は多々あったが、最近の喧嘩はどうやらその期間が長い。
へそを曲げているのはエースなのか、マルコなのか、はたまたどちらもなのかは分からないが。その際、エースの相談係りとして犠牲になるのがサッチなのだ。
「んで、今度はなんなの。おれ明日も朝の仕込みあってはえーから簡潔に頼むよ」
「うーん……」
立つ波の音、見上げれば暗い空に瞬く星の数は無限に埋め尽くしている。
甲板の縁に肘をつき並んだエースは、唸ったまま空を仰いで次に出す言葉を躊躇っている。
「早くしろって、どーせくだんねぇ事だろ」
「だって、マルコがさ……話する時こっち見ねぇんだぜ?仕事忙しいのも分かっけど名前呼んでも「さっさと寝ろよい」って、マルコもうおれに興味ねぇのかなって」
「かーーっ、それ何度目だよ」
夜、エースがマルコの部屋に入り浸ってることについてはもう、一々気にしてはやっていられない。
「でさ、こっち向けよって怒ったら構う相手が欲しいだけならサッチんとこ行けって。おれはさ、マルコと居たいんだってのに、なんで分かんねぇかな」
「おれも暇じゃねぇっつーの…失礼なオッサンだな。どうせいつものように仕事立て込んでてあいつも苛々してたんだろ。マルコは大体朝七時には食堂に居るだろうからよ、自分でなんて言えばいいのか位はお前も分かってんだろ」
「…ん」

回数を繰り返してきていれば、仲直りの定番なんてのも出来あがってきてしまっているものだ。
エースの慣れない早起きで、翌朝のマルコが飯を食べている前に着く。口も聞かない態度のマルコに頭を下げて反省の色を見せる。
「ごめん…、おれマルコと居たい」
「おれも悪かったよい」
アドバイスを出せば、喧嘩を長引かせずきちんと謝り仲直り出来るところが、エースの素直で良いところだ。頑固なのはマルコの方か。

世話の掛かる、と溜め息を吐くサッチの手に持たれた朝食をエースの前に出せば、場は解決だ。
「お前が落ち込んでると気にする奴も多いから、仲良くしましょうねお二人さん」
トン、と置いた焼きたてのパンをエースが独占しようとすれば、「おい」と低く怒声が響く。それはマルコの好物でもあるからだ。

「あ、わりわり」



(本文冒頭)