Special dayS sample1(本文冒頭)
『五月二十八日、倉林屋敷の懐に眠る満月の如く輝くジュエル、頂きに参上する。怪盗キッド』
そんなシンプルな予告状が届いたのは予告されたその日より三日前の事だった。
怪盗キッドからの挑戦状が届いてからすぐに作戦会議が執り行われるべく、工藤の携帯が鳴り警視庁へと呼び出された。
家を出て行く前に見つけられた蘭からは「またこんな時間から事件ー?」とどやされ、おっちゃんのあまり機嫌のよくない嫌味な声がその探偵事務所の窓から落とされる。
同じ探偵である以上、年の差など関係なく警察に呼ばれる事に互いに嫉妬心を露わにするのもいつもの景色だが、怪盗キッドに関わるものだけは絶対におっちゃんにもおっちゃん以外の探偵にも譲る気は一切無かった。
彼からの予告状でこんなシンプルさは珍しく、一瞬偽物かと場は違う意味で沸き立ったがそれは、自分の言葉一つに再び治まった。
「いつものように、このふざけたマーク付けた予告状出してくるのは怪盗キッドしか居ませんよ」
それ位自信はあった。自分が今更、怪盗キッドからの予告状と別の真似た者からの予告状を見間違えるはずがない。
「工藤くんが言うならそうなのだろう」
警部補のその言葉に続けて周りは賛同の声を上げ、場は再び賑やかなものへ変化した。
高校生探偵工藤新一と、怪盗キッドは今やメディアでもライバルと称されるようになり、予告が出る度工藤も必ずセットで紹介される。『今宵の勝敗はいかに』と。
「狙われる倉林家の調査がまずは必要だな」
「じゃあその調査は我々が」
「なら自分らは……―――」
殺人が行われるわけではない。爆撃予告でもない。人の命を狙うものではない盗っ人が決していいとは言えないが、オレはいつからか怪盗キッドの予告を楽しみにするようになってしまっていたんだ。
これまで勝った事も負けた事も無い怪盗キッド。勝敗を付けたいと思いながらまだこの関係を終わらせたくないとも思う。
その理由はまだ気付かないフリをしているんだ。怪盗キッドとの対決のなにが嬉しいかなんてのは、気付いていない。
気付いてはいけないその感情の正体に。
怪盗キッドより警察に与えられた三日間という短すぎる猶予はあっという間に過ぎていった。
当日の体制は相変わらず厳戒で、怪盗キッドへの力の入れようがよく分かる。
しかし、体制を組み倉林屋敷を取り囲む警官の中に工藤の姿は紛れることなく、少し距離を取った屋敷全体が見渡せる建物の屋上にいた。
もちろん此処にキッドが現れるという推測の下でだ。子供とバカと怪盗は高いところがお好きと定例に当て込んでもいいんじゃないかと思えるほど、奴は必ずその任務を終えると近場の構想が高い建物の屋上へと姿を現す。
その中でも数ある建物の中でこの屋上を選んだ理由としては、障害物無く屋敷全体が見渡せるという条件には此処が一番合致したからだ。
さあ来いよ、怪盗キッド。今日こそその余裕ぶった面、剥がしてやるさ。
そう意気込んでいたとき、突如屋敷を囲む警官の空気がピリッと冷えた後に「キッドが現れたぞ」の一言で場は爆発したように騒がしさを増した。
「おーおーおー」
高見の見物とはこのことだ。
決して体力に自信がないわけではないが、自分は警察ではない。誰かの指示に従って場に応じて適宜に動くことも、逮捕することも出来ない自分は、此処でキッドがやってくるのを待っているのが一番の得策だと考えているのだ。
しばしの間見ていると案の定、世紀の大怪盗は目的のものをその屋敷から奪い取ったようで外の警察らもその影を追うように一点の方向へとみなが駆けていく姿が見える。
あいにくその行動が無駄以外のなにものでもない。なぜならばキッドは、一人の警察官から奪い取った制服をまとい堂々とその背中側から抜けていったのだ。
そして工藤の居る建物の中へ入り、明かりも点いていないその建物内、エレベーターで屋上まで昇っていく。そうすることでこちらでのキッドの行動が目立つこともない。警察の目を欺いて、工藤の元へ辿り着けるといいう事だ。
終始、その行動を目で追っていた工藤はキッドを迎えるように屋上のフェンスへ背を付けて、ドアへと身体ごと視線を向けた。ガチャと音を立てて人の影が現れたのはそれからすぐのことである。
「これはこれはごきげんよう、名探偵」
「待ちくたびれたぜ、大怪盗」
キッドが工藤の前に姿を現すときには、再び白いマントと白いハットとおなじみの格好に戻して待たれていた工藤の姿に臆することなく言う。
キッドに返した言葉の後に生まれた沈黙を先に割ったのは、同じく工藤だった。
「なんだお前の今日のあの予告状は。面白味もなにもないじゃないか」
「名探偵はオレの予告状を少しは楽しみにしてくれてたのかな?」
「まぁな」
何の誤魔化しも無く、素直にそう答えた工藤にキッドは驚いたように一瞬目を大きくして、言葉を失った。当然、工藤が言葉を続けることもなく場は静まり、余計に騒がしい警察らの声がここまで響き届いていた。
「なぁ名探偵、今日が何の日か知ってるか?」
そしてキッドが口を開くとき、彼はハットを傾けて表情を隠してしまった。唐突に言い出すそんな言葉の意味を工藤が知るはずもない。
「知らないな」
「今日はさ、記念すべきオレとお前の真ん中バースデー」
「まんなっ………」
ッドン
と爆発したような音と共に開いた夜空に浮かぶ花火。そちらに目を奪われているうちに、目の前にいたはずのキッドは居なくなっていた。
あれはキッドが用意したのか。タイミングを計った花火。警察もそれがキッドの仕業だということには気付いているらしい、余計に場は騒がしくなる。それから真ん中バースデーと言った言葉の意味。バースデーは誕生日、その真ん中とは何だ。
暗号に似たただの問い掛けが僅かに工藤の気を立たせた。
一発だけ打ち上がった季節外れの花火はどれだけの人の目に留まった事だろう。一瞬で消えてしまう夜空に浮かんだ花は、ほんの少し鼻孔を擽る火薬の匂いと暗い空を白く濁す煙を残す。
捕まえるとは程遠い、易々と逃してしまった夜半に自分はこの時悔しさよりも疑問ばかりを心がくすぶらせてしまっていた。
(本文冒頭)