-恋をしている-


月に一度か二度だけ、彼より早く起きる朝がある。
いや、もしかしたら食堂に来て居ないだけで起きているのかも知れないが。
食堂でマルコを迎える朝が、時々だけあるのだ。

二年前、今やオヤジとなった白ひげに息子として迎えられて以来、スペード海賊団ごと二番隊として大部屋を寝室として利用する。
朝日に差されて欠伸を一つ二つと共に食堂へ行く朝は、既にマルコとサッチが揃っている事が多い。
だからこそ、自分が先に起きて食堂で待つ日には一番に声を掛けて、不器用に淹れた濃いめの珈琲を出してやる。
まだ起きたばかりのマルコを見るのが好きだった。くぐもった声でサンキューと言う、朝のマルコの声が好きだった。

おれは、この男に恋をしていた。


「マルコー、今日の夜の見張りおれだっけ?」
食堂で夕食を終えた夜、仕事が残っていると部屋へ戻ったマルコの元にエースは向かった。
甲板で日夜どんちゃん騒ぎをしている仲間を横目にオヤジの部屋の前を素通りして、奥のドアをノックする。
ノックもせずにドアを開けるなと、教えてもらったのもこの男だ。
掃除当番、見張り番、上陸時の居残り全てのシフトを組んでいるのも一番隊隊長のこの男。
この船に乗ってから、マルコは頭がいいんだなと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「そうだねい。寝るなよい」
「寝ねぇよっ」
机に肘をついてこちらを見た青の瞳。作業する時にだけ掛けている眼鏡。
見慣れぬそれを格好良いと思っていた時もあった。
恋をしていたその気持ちを、忘れようと思ったのはいつからだったか。
時が経つごとにマルコ相手に抱いている感情は、ルフィに対するものと同じなのではないのかと、余計な思考が回り出し、今は過去形に言う位なのだから、その気持ちは無かったものだと、マルコは仲間だという認識に、家族として迎え入れられた時に感じた気持ちと同じものへ処理をさせた。

「じゃあなんか夜食サッチに作ってもらうかな。マルコもいる?」
「ああ、貰おうかねい」
「りょーかいっ」
長居する事無く部屋を後にすると、足音をバタバタと立てて食堂へ戻った。
風呂を済ませ、いつものリーゼントを下ろしたサッチの姿を見つけるや否や、飛び込み声を掛ける。
「サッチー、飯作ってくれ!おれとマルコの夜食分」
「おー、今日の見張りお前か?昨日の宴会でだいぶ食材消費しちまったからな、残りものでいいか?」
テーブルで献立表を考えていたサッチは席を立ち上がり、頭を軽く掻いてキッチンへ入っていく。
「なんでもいいよ、サッチが作る飯はいつも最高だからな」
決して嘘ではないが、煽ててやると上機嫌にフライパンを火にかけ、料理を始めた。
大したもん作れないとは言っていたが、キッチンにはそれなりに食材が並べられ、間もなくバターの香りが鼻腔を擽り、焼ける音が食欲を掻き立てる。
「マルコはまーた仕事してんのか?」
「難しい書類と睨めっこしてたぜ」
自分が抱いていた思いは、誰にも明かしはしなかった。こんな感情を抱く自分がおかしいのだと自覚はあった。
それに、あの青い瞳に捕われたのは船員の中でもおれだけでは無かったのだ。一番隊の奴、オヤジに付いてるナース。
マルコとよく一緒に居た、サッチと自分は丁のいい相談役だった。
勘違いかもしれない自分の想いを、明かせる訳がなかった。

「ほら、出来たぞ。おれ特製オムライス握りだ」
「お、サンキュー。うまそー!マルコんとこ持ってっておれも見張り交代行ってくる」
「冷めない内に食っちまえよ」
「おう!おやすみな、サッチ」
三個づつ乗せた二皿を両手に持ち、そそくさとキッチンを後にする
その背後でサッチはフライパンを流しへ置き、テーブルへ着いて肘を付きその姿を目で追っていた。
そうとは知らず、真っ直ぐにマルコの部屋へ行くと「程々にしろよ」と声を掛けて一皿置いて見張り台へ登った。
風は南西方向よりやや強め。海は安定していて、のんびりと出来そうだ。すぐ横へ自分の夜食を置いてから一つ大きな欠伸をすると頭の後ろで手を組み、満天の星が散らばる夜空を仰いだ。
そういえば、マルコに恋をした理由が無ければ好きでは無くなった明確な原因も無い。
もしかしたら、好きという気持ちは無くそうとしているだけで、今も心の奥で隠れているだけなのではないか…?
「おい」
答えを探していた思考は、右下から響いてきたその声に遮断され、意識ごと目線をそちらへ向けた。
「あれ、マルコ。仕事どうしたんだよ」
「一区切り付いたからねい、お前が寝てねぇか見張りに来たんだよい」
「見張りの見張りしに来てどうすんだよ」
安心しろと笑い返した思いとは裏腹に、マルコは自分の居る狭い見張り台へ来て、隣へ位置した。
「わざわざこんな狭いとこ来なくていいだろっ」
「お前が星見上げてたからどんな綺麗な夜空なのかと思ったんだよい」
それからこのモビー・ディック号から眺める夜空が好きなのだと教わり、それに対して自分は昼間の空と海の方が好きだと教えてやった。
「こうゆっくり二人で話す事、あんまり無かったねい」
「そういえばそうかもなー、大体サッチが居たしな」
「…あいつは邪魔だったよい」
「は?……っ!」
そのマルコの言葉を理解するよりも先に唇に触れた唇が、身を纏う周りの時間を凍らせたかのように停止させる。
その意味は分かっていた。
つもりだった。
「何してんだ…、よ…ってんのか?」
「そうかもねい、酔ってる事にしといてくれよい」
一番笑ってしまうのが、こうでもされないと何にも気付けない自分の腑甲斐なさ。
「今日酒飲んでねぇだろ」
心臓がうるさく脈を打つのは、驚いたからというだけのものでも無い事も分かっている。
案の定、その想いは今にも表へ出て口にしてしまいそうな程。
「……キス、する前になんか言う事あんだろ…」
「察しろ」
「おれがあんたの事、嫌いだったらどうするつもりだったんだよ」
「お前がおれの事、好きなの知ってるからしたんだよい」
おれが無くしていたつもりでも、当人には全てを知られてしまっていた。
「好きだろい?」

この星空の下、それは確信へと変わった。

「おれも、お前に淹れてもらう朝の苦い珈琲が好きなんだよい」

おれはこの男に、恋をしている。



-*END*-
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