アー、アー、届いてますか。 01
「今宵もみんなのお耳のパーソナル、パーソナリティはお馴染みエースでーす」
君のお宅のコンポ、ラジオ機能は付いているのかい?
もし付いているとするならば、深夜零時チャンネルをランダムに回してみるといい。きっと君の元にも届けられる事だろう、人気のラジオ番組。
「えー次の質問は、なになに?『エースくんはまだあの構成作家とラブラブですか?』野暮な質問すんなぁ…、はいラブラブでーす」
人気の理由の一つが、コレである。視聴者の誰もが知ってしまっているパーソナリティエースの恋事情。
そう言うのも約一年前、この番組でエースからの公開告白なんていう大胆な行動に出た上に、その相手の返事はキス一つで与えられた。ましてやその相手が男となれば、いわゆる腐の付く女子達が黙っていないだろう。
「『構成作家さんの素の部分を聞かせて欲しいです』こういう質問が多いんだよ、聞いてどうすんの?一応この番組恋愛相談が一大テーマなんだけど…」
そう、そしてエースは未だにこの番組を作り上げた構成作家、マルコという男と交際というものを続けている。キスまでしかしていなかった関係は、一年経ってもそう進歩はなかった。
それもそうだ。人気パーソナリティとなったエースと人気作家となってしまったマルコとの間で、揃ってオフなんて日はこれまでに一日も無いのだ。
「さて、いかがだっただろうか。今日も番組はこの辺でおしまい。また聞いてくれたら嬉しいぜ。ではまた来週〜」
マイクに向かってそう言い切るとスイッチャーをオフに切り替えて、ヘッドフォンを外す。
一人の戦場である録音室を出るとそこに待っててくれるのが、マルコ。そこでマルコが待っててくれるのとくれないのとでは、仕事への気の入り様がまるで違うのだ。
恋に溺れたパーソナリティなんてそんなもんさ。
「お前は余計な事、喋り過ぎだよい」
「この番組の視聴者はああいう答えを待ってんだろ、許せマルコ。そういう運命だ」
ニカッと歯を見せて笑いながら、肩を軽く叩き言う。
「まぁいいけどよい、お疲れさまねい」
マルコからも決して強要はしてこない、恋人同士の行為は何もない。頭を軽くぽんっと叩かれて、先に出て行ってしまったマルコの背を見送った。
エースもそのままスタジオを後にすると、近くの事務所まで足を伸ばし、来週用の資料を受け取りに行く。
会える頻度も、想いを伝えた前と変わらない。触れたい抱き締めたいキスしたい、そんな不純な想いを抱いているのも、おれだけだ。
こんな時間だと言うのに明かりが残っている事務所内に、そっと顔を出してその姿を確認する。パソコンモニターに黙々と向かうその姿は、表舞台に立っていてもおかしくない程の美貌の持ち主、ナミという女性スタッフだった。
「相変わらず遅いな、大丈夫か?」
「あらエースお帰り。これだけ処理したら私も帰るわよ、明日休みもらってるから」
特に驚いた様子もなく、いつものように直ぐ様席を立つとまとめられた資料を棚から持ってきて、エースに手渡す。
「明日有給?」
「まぁね、久々よ」
そんな制度がある会社員が羨ましいものだ。丸一日のオフなんて日はいつしか無くなったおれが、休みの希望を出そうが出さまいがその思いが通じる事はない。
「エースもそろそろ休みもらったら?ずっと働き通しでしょう」
再びパソコンの前へ腰を下ろしたナミが、軽快な音でキーボードを叩きながら処理を進めていく。
「希望は伝えてんだよ」
社長への直談判なんてもうし飽きた。返事はいつだって考えとく、の一言でその日は中々やって来ない。
「あらま、売れっ子は違うわね」
その目はモニターに向いたままだ。売れっ子になれる要素がただ喋りだけがちょっと世間へ評価された自分にあるのだとするならば、生まれ持ったままの濃いオレンジ色の瞳と同じくオレンジの髪色が似合うナミにもあってもおかしくない。
今更見惚れるなんて事はないけど、勿体ないと思う事実はある。
「別に売れっ子になんてなりたくねぇよ…」
「私から言っといてあげようか?社長に、エースに休みをって。希望日はあるの?」
「マルコと同じ日」
そんな日を貰っても、今の関係が何か進展するのかなんて確信はない。誘わなければ、誘われなければ、ただの休息日として丸一日寝て過ごしてしまうのだろう。
「可愛い事言うわね」
何気なく伝えた要望が、ナミの力によっていとも簡単に叶えられてしまったのが、それから三週間後の事だった。その代わり、前後日にはいつも以上のハードスケジュールが待ってる事必至だ。
久々に開いた携帯の用件はメール。打った宛先は当然マルコで、内容は至ってシンプル。
『明日休みになった』
このメールを送った頃はまだ、マルコとオフ日が被っていたなんて事は知りもしなかった。返ってきたメールでそれを知ったのだ。
「何処か行くかい?」
そう聞かれたのは、その後掛かってきた電話での事である。
「いい、どこにも出かけなくていいから…マルコと居たい」
どれだけマルコを求めていたかなんて、自分にしか分からない。
仕事の延長線上での付き合いでは、おれもパーソナリティとしてのプライドがありそのイメージを崩さまいとしている面はある。いや、男と付き合ってるなんて公表されてる時点で自分が思い描いているイメージとは、また異なってくるのかもしれないが。
悩んだような間を作られた後に、「…分かったよい」と低く答えられた。
車どころか免許さえ持っていないエースは、マルコに指示された通り事務所からも三駅離れた小さな駅まで電車を乗り継ぎ、向かった。道中聞く音楽プレーヤーの中には容量めいっぱいに入った曲をランダム再生し、番組でかける曲を選定する。
結局オフを貰ってもマルコが居なければ考える事は仕事しかないのだ。
「…はよございマス」
外で、仕事以外の理由で顔を合わせるなんてのも久しい事だ。更にはいつも見ているスーツ姿ではなく、ラフな私服で現れたマルコに妙な緊張感が走って、変にカタコトだ。
そんな様子を知ってか知らずか駅前という人気の多い地にも関わらず、半ば強引にも結ばれたマルコの手を緩く握り返して連れられるがままに着いて行く。
おれが、マルコという男と付き合ってる事は、ラジオを聞いてくれてる人ならば誰もが知ってしまっている事ではあるが、増えたテレビ出演ではまだその事を話したことは一度もない。人が溢れ返っている地で、わざわざ自分達を気にする人もそう居ないと分かっていながら、こういうのはやはり少々恥ずかしい。
「ど、どこ行くんだっ?」
「どこっておれん家だろい」
一緒に居てェんだろい?おれと。と加えられた言葉に、改めてそう言われてしまうと変に意識をしてしまって赤くなった顔が、口を開かなくなってしまった。
駅前の立体駐車場へ辿り着き、
何気なく言った、一緒に居たいなんて言葉は捕らえようによっていくらでも誘い文句と変化するだろう。
自分でも自分の心がよく分からない。おれが望んでいた事は、それであっているのか…。
それさえもよく分からない。
マルコなら拒否する理由が無いと思う心と、まだ早いと思う心が対立している。
「マルコん家……行くの初めてだ、な」
「滅多に人呼ばねぇからねい」
「時々は呼ぶのか?」
気にしなきゃいいものを、自分より先にマルコのプライベートを知っている人が居るなんて心がもやもやとする。いやこの正体は分かっているのだ。こんなの、ただの嫉妬だ。
どうしておれだけがマルコを独り占めしていたいなんて醜い感情が生まれて来てしまうのだろう。
「お前が心配するような奴は呼んでねぇよい」
「お、…女とか…、さ」
「おれはお前で手一杯だよい」
信号は誰の味方なのか、赤かと思えば青に変わり、青は青のままマルコとエースを乗せた車はスムーズに目的地へ走っていく。
「喜ぶと思って言ったんだがねい、無反応かい?」
「…喜び過ぎて声も出ねぇんだよ」
冗談っぽく言ったそれも決して嘘ではなく、耳まで赤く染めた顔を腕で隠すのに必死だ。
「イライラするねい、お前可愛すぎるよい」
さらにアクセルを踏み込むと同時に、言われた悪口のような褒め言葉は
「そんな顔、お前のファンに見せんなよい」
そんな事、言われなくてもあんたの前以外でこんな反応示してしまう自分は現れない。
電波なんかに乗せなくていいから、せめて伝われ。
バカみたいに好きな事。
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