キイロの色はどんなイロ? 02


ホームルームが終わるや否や、時期外れの転校生に興味本位と、決して悪くはない容姿から男子女子ともに彼の周りに人集りとなっていた。
話の節々に聞こえてくる「黒羽くん」やら「快斗くん」やらが奴の名なのだと改めて知る。
そんな観衆等を前に得意のマジックを披露してご機嫌をとっているさまに、妙に沸き上がる苛立ちを心の中での盛大な溜め息に隠す。
黒羽快斗というただの高校生である以上、無闇に捕まえることは出来ない。手の届く距離に居ても、今の彼はキッドではないのだ。
随分焦れったい。
「怪盗をやめないか」そう諭す権利も俺にはない。対価に自分が探偵を止めることを条件に出される事も目に見えている。
始業のチャイムと同時に引いていった人の波にぼんやりと目を向けながら、机の中から一限目の日本史の教科書とノートを探り出し、視線を直す。
「名探偵」
唐突にも昨晩と同じように呼ばれる声がすると、一瞬情景は昨晩の色を映し、困惑した。そちらへ視線を向けるとそこにある姿は怪盗キッドではなく、黒羽快斗という同級生。周りの景色も普段と変わらぬ教室に戻り、嫌な汗を掻きながらようやく口を開いた。
「そう呼ぶな」
『高校生探偵』『名探偵』どちらも決して呼ばれ慣れない名でもないはずだ。それなのに、この顔にこの声にそう呼ばれる事で、自分の中でなにかが蠢く。
これはなんだ。
「じゃあ…、新一くん」
少し考えたような素振りを見せた後、素直に呼ばれた名前に鳥肌を立てるような寒気を感じながら「なんだ」と答えてやるなり快斗は砕けた笑みを見せてきた。
「教科書見せてくれ、まだオレ持ってねぇんだ」
あからさまに嫌な顔を向けた自分に対し、ニコニコと表情を崩さずこちらに視線を置いたまま快斗は更に続けた。
「隣の席という運命でしょ?新一くん」
「……オメーに、くん付けで呼ばれるのは気味が悪い。呼び捨てでいい」
僅かに驚いたように目を見開いた快斗は、すぐに再びニィッと口角を吊り上げて口を開いた。
「了解、よろしくな。新一」

そして再び眼前に光る黄色。
眩しい訳ではない、発色のいい色の並びで目がチカチカとくらむ訳でもないのに、もう一度瞬きをするとそれはすぐに消えて、その正体を知ることは叶わない。


以前から思ってはいたが、この男も大層頭は良い。刑事やそこらのへっぽこ探偵には解けない謎を掛けて出してくる予告状は、オレに対する挑戦状でもあるのだ。
授業という時間は彼にとっても退屈で無駄だと思っているに違いない。その証拠に開かれたノートには日本史とは到底関係のない、理数式がずらずらと書き綴られている。
「新一、新一」
声を掛けられたのは、その数式を書き終えてからだった。寄せた自分の机をシャーペンで軽く叩き、気付かせた彼のノートの数式の一番上にQのマークが書き足されて、それを示される。
「これ解ける?」
まるで謎掛けを出す子供のような表情。しかしその内容は、教員含めてこの教室に居る者で解けるのは自分とこの男しか居ないような難解ばかりだ。
しかし叩きつけられた挑戦状は解いてみせなければ気が済まない。それは探偵の性とでもいうか。
「ああ」
身を少し乗り出してそれを覗き、見せられた計算式を順に解いていく。途中で解き出される答えをノートの端に書き残して、六行にもなる式の答えを編み出していく。

「つまんねぇよ」
コロンと軽い音を立てて、シャーペンを手放し転がしたのはそれからすぐの事だった。
「正解」
上機嫌にふんふんと鼻を鳴らした快斗に自分は意味も無く教科書のページを一枚めくり、また独り善がりな教師に少しだけ耳を傾ける。話の仕方が下手なのだろうか、やっぱり全く耳には入って来ないし、この時間は自主練でもしていた方がよっぽど身になると、思ってしまうのだ。
「さっすが新一なら解けると思ってた」
「……キッドの予告状の方が少しは楽しめるぜ」
「なんの事ー?」
一瞬の間の後のおどけた言い草。
それを見ればこいつもただの高校生なんだと、他人事のように思う。
高校の制服を着て、高校に来て、特に楽しくもない授業を受ける。隣の席の奴と内緒話をして、時に教師に指摘され、その景色を味わっている自分は探偵でも怪盗でもなく、他と変わらないただの高校生なのだと、そんな当たり前の事が酷く楽しい。
今までそういう事が皆無だったと断言するとそれは嘘になるが、この男とだからこそ出来た事があった。

それから今度は自分のノートに数字や記号を並べていき、問題を作っては快斗に出題した。彼も彼で同様に目を輝かせ、いかにも楽しそうにその問題に向かう。
今度は快斗のペンが走り始めた。

キーンコーンカーンコーン――…

「あっ」
「あ」
一限目終業のチャイムが鳴ると同時に二人の声が短く漏れる。それはどちらも、授業ではなく目の前の難題に集中し時間が過ぎていた事を、チャイムが鳴ってから初めて気付かされたからだ。
それまでに互いに解いた問題数は四問ずつ。時々会話を織り込みながらだったのでこんなものだろう。それでも互いのノートは相手に出した問題で一ページを埋めており、オレたちはこっそりと笑い合った。


-*NEXT...